函館・東北旅行 4日目。。
こんにちは。。おうちに北海道と九州のお土産が溢れているmartです。。
ちなみに姉夫婦が長野・静岡へ旅行中なので、間もなくそのお土産も着くハズ。。爆
いいですね。。GW。。
さて、自分の旅行記は最終日。。
この日はひたすら南下。。
釜石駅。。
この写真を撮って、駅舎に入ろうとしたら、こんな看板がありました。。
あ~ここなんだな~と実感させるモノ。。
所々、鉄道は通っているのですが、ほとんどバス移動です。。
ただ、海岸線を走るとやはり更地のトコが多く、土は盛ってあって重機も何台かあるのですが、この場所に何を作るのか分かる所は少なかったです。。
5年以上も経ってから来るのは遅いと自分の中で思っていましたが、やはりその場所は復興途上でした。。
途中、「奇跡の一本松」も通りましたが、そうゆう場所は観光地化されていて、人も車もたくさん来ていました。。
そして、自分がこの日訪れた場所は・・
南三陸防災対策庁舎です。。
数ある震災遺構の中で、自分は一番ここに来て見たかったのです。。
防災無線で最後まで避難を呼びかけた職員がいたという場所。。
実は想像では数mの錆びた鉄骨が静かに立っているというイメージだったんですけど、全然違いました。。
大きかったし、生々しかったです。。
存在感がすごかったです。。
元々はこんなだったそうです。。
普通にそこらへんにありそうな公共施設。。
むしろ、周りの建物とさほど変わらないので、狭く感じるぐらい。。
それが震災直度がこの状態になりました。。
43名の方が犠牲になりました。。
避難を呼び掛けた職員も。。
さっきも書きましたが、5年以上経って訪れるなんて、遅すぎると自分で思ってました。。
ほとんどこの間は復興の状況について、無関心で日常生活を過ごしていました。。
自分の周りも、同じです。。
おそらくほとんどの人が地名と場所が判別できないでしょう。。
岩手か宮城かさえ。。
自分も行くまでそんな感じでした。。
だけど、この場所に来てなんでもっと早く来なかったんだろう??と後悔を感じました。。
しかも、これを知ったからと言って、自分の行動が劇的に変わるワケでもなく・・
ただ、自分の見たモノを人に伝えるだけですが、それもそれで罪に思えるのです。。
行って来たことを自慢するようで・・行ってない人を見下すようで・・
でも、テレビやネットで見るより、知り合いから聞いた方が全然リアリティーが違うと思うので、自分はこの話を周りの人にもしたいと思います。。
それでは。。