テロルの決算
こんばんは。。新しー新幹線の名前が「はやぶさ」になったことを不服に思うmartです。。
しかし、「さくら」は5年前に退役してしまい(涙)「はやぶさ」はラスト4年は東京ー大分を結ぶ「富士」と門司まで連結して走りました。。
つか、「はやて」でいいんじゃね??笑
大体、新しー路線に走る新幹線というより、あの車両に名づけられる名前なんて必要あるのか??
100歩譲ってFASTECH(ファステック)でいいと思います!!爆
どーせE4系は「はやて」って名前で新青森まで走るんだろーし。。(チェッ!!)
あっ、すみません。。つい本業となると、筆が止まらなくなってしまうモノで・・汗
さて、今日はそんな新幹線も走っていなかった時代の日本のお話。。
と言っても、日本初の新幹線が走るたった4年前の話なんですけどね。。
テロルの決算 沢木耕太郎
という本を読みました。。
場所は日比谷公会堂。。
通称 浅沼稲次郎暗殺事件。。
極右信仰の少年が政治的意図を持って、単独で当時社会党委員長であった浅沼 稲次郎を演説中に短刀で刺し殺しました。。
少年の名前は山口 二矢と書いて名をオトヤと読みます。。
彼は右翼団体の中で、日本の流れに異議を持つ者と共に、意見を交わし、ビラ捲きや演説の警備役のよーな下っ端の役をこなす一方、右翼内では際立って信念が強く、暴力的な人物でした。。
あまりの凶暴性で団長からも人の話を聞けと諭されるほどの妄信さ。。
一方、被害者となった浅沼議員も妄信という点では二矢氏に勝るとも劣らない人間。。
60歳になっても演説や選挙の応援など、全国を東奔西走して、随行する秘書や記者の方が音を上げる程の活力の持ち主。。
しかし、2人の考え方は全く正反対で、安保闘争という激動の時代に極左派と極右派という立場の人間が1960年10月12日、日比谷公会堂で初めての顔合わせにして、暴力という非人道的な方法で一方を葬り去ってしまいました。。
浅沼議員は出血性ショックでほぼ即死。。(享年61歳)
二矢氏はその場で取り押さえられ、1ヶ月もしないうちに鑑別所内で自殺。。(享年17歳)
両者、育った時代は違うモノの、戦争・復興・安保条約・所得倍増計画という現代から見ても日本の混乱期を駆け抜けた人間。。
皆が
お国のために自分ができること。。
をそれぞれやろーとしていただけ。。
しかし、
今の日本、引いては将来の日本のために何が最善か??
という答えが全く違ってしまった故の悲劇。。
戦争もそーですが、こーゆう歴史的な事件で人が人を殺しているのを見ると、どーしても
他に方法はなかったのか??
と思うんでうよね~
簡単なことではないのはわかりますが、それこそ人を殺して解決する問題などなく・・あったとしても、それは決して、人を殺した事実に比べればどーでもいいことで・・
どーなんだろ??
そんな願いは平和な時代に生まれた人間のエゴなのかな??
結局、僕らはそれら全ての事件の結果論のもとで今を生きているのであって、もしこの事件が起きなかったら・・なんて想像もできないし、想像すること自体無意味なことなのかもしれない。。
そんなの想像していいのは神様だけです。。
それを言い出したら、逆に今まで未遂に終わった事件だって、もしこの計画が成功してしまっていたら・・
なんて考えられないし、考えようともしませんもんね。。
今僕らが暮らしている日本はどのよーに築かれたのか??
ということにすっごく興味を持っています。。
でも、どの事件を見ても、やっぱり殺されてよかった。。なんてことはなくて、殺さずとも解決できたのでは??と自分の中では思ってしまいます。。
結局、こんなのも当事者にならないと分からない事情や想いがあって、この考えが自分の勝手な妄想に過ぎないってのは分かってるんですけどね。。
ただ、責めて死者のためにその意味を考え続けることぐらいは許されてもいいのではないでしょーか??
そんなことをより深く問いかけてくれるきっかけとなった一冊です。。
テロルの決算。。おすすめです。。